妹は山梨の石和温泉にあるリハビリ施設への転院を考えていた。
怪我をしたスポーツ選手が多く利用するかなり有名な病院らしい。
私、、、転院なんて気が遠くなるほど遙か先のことで、、、まるで
他人事のようにしか感じていなかった。社会復帰したって、こんな
身体で何ができるんだよ!?
生きてて楽しいことなんてもうありそうもないし、できればこの
ままずっとこの病院で介護してもらってダラダラしていたい。。。
社会に出るのは怖いし、もう頑張れそうもない!!
ある日、気がついたらお腹に穴が開けられ、そこから排泄物が出て
来る。自分の意志とは無関係に出て来る。大腸がない訳だから水分
が吸収されずにほとんど液体。ドロドロと止めどもなくお腹から便
が出てしまう人間なんて、、、
、、、話には聞いたことがあるけど、まさか自分がそんな身体にな
ってしまうとは、、、私、このショックの大きさには現実から逃げ
るしか方法がなかった。
↓
こんなマークが最近高速道路のSAなんかにありますが、見たこと
ありますか?

私の担当の看護師さんは小野寺さんと言って小柄で目がクリッと
した可愛い女性だった。彼女は私がストマのケアを自分で行わない
ことを心配していた。彼女だけではなく、お陀仏病棟の看護師さん
は皆一様にそうだったと思う。
「いつになったらストマの交換を覚えるつもりなの?」
「60、70のお爺ちゃん、お婆ちゃんだってこれ位自分でするのよ!」
「いい加減に自分のことは自分でなさい!」
病室で説教がましく言われてつくづく嫌気が差していた。
小野寺さんがストマのメーカーの人を病室に呼んでくれていろいろ
アドバイスを受けられる機会を設けてくれたけど、、、
正直な気持ちは、、、
「人の病気に付け込んで押し売りに来やがって!!」
としか思えなかった。ストマのことで気持はすさんでしまっていた。
汚い。醜い。臭い。。。そんな自分の病室にキリッとネクタイを
締めてパリパリのスーツ姿の営業マンが来たのだから余計に気分は
落ち込んだ。
何故か分からないけど異性よりも同性にそんな姿を見られるのが
嫌だった。5分程説明を受けたけど、やりきれなくなって気分が
悪くなったと嘘をついて帰ってもらった。
↓
術後から装着されていたドレナブルキャップのついたパウチ。
上部の黒色部分はガス抜きの穴とパウチに埋め込まれた活性炭。
これはワンピースタイプ。

↓
これが裏面。黄色っぽい部分が皮膚の保護剤。ここがお腹の
皮膚に密着してストマに装着される。このタイプの他にどんな
物があるのかは知るよしもなかった。

誰が何と言おうと、自分で自分のストマを見るのは嫌だった。
シャワー室での洗浄はなるべく見ないようにして、日常のケア
はとにかくナースコールしていた。
装具のことは全く分からない状態でいた。どんなタイプがある
のか?装脱着にはどんな道具が必要なのか?どんな手続きで
入手できるのか?、、、とにかくストマからは逃げていた。
↓
これはイレファンと呼ばれるイレオストミー(回腸人工肛門)
専用のタイプ。大腸ガンや直腸ガン等で造設される消化管ストマ
は大腸全摘ではないので私とは逆のお腹の左側、もしくは中央
に位置するコロストミー(結腸人工肛門)が多く、このタイプの
パウチは多分適応しないと思う。

身体障害者の手続きをして間もなかったから、まだ都の補助が下
りず装具は全て実費。病室も準個室だから医療費がかさんでるの
にも参っていた。
妹は私に何の心配もさせないように陰で飛び回ってくれていた。
毎夜、毎夜、世界選手権の放送をテレビにバスタオルをかけて
光が廊下に漏れないようにして見入った。
雪が恋しかった。スキーが恋しかった。冷たい空気が懐かしかった。
やがてはこの病院から退院して社会に出るんだろうけど、そしたら
ヨチヨチ歩きでも良いから雪の上に一度は立って、滑れなくてもイイ
からスキーをつけて歩いてみようと考え始めた。
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